雑記

【ルートヴィヒ2世】ノイシュヴァンシュタイン城を建てた王の生涯と謎の死|映画もご紹介

ルートヴィヒ2世

読者
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ルートヴィヒ2世って、誰?

りこ
りこ
ルートヴィヒ2世は、ドイツの観光名所ノイシュヴァンシュタイン城を建造したバイエルン国王です。

ノイシュバンシュタイン城 (Schloss Neuschwanstein) はディズニーのお城のモデルともなっているほど、メルヘンチックで人気のお城。

このお城を一目見ようと、 日本だけでなく世界中から、 毎年大勢の観光客が訪れます。

そして、ノイシュバンシュタイン城だけではなく、その建造者であるルートヴィヒ2世にも、実は沢山のファンがいるんです。

\ ルートヴィヒ2世ってこんな人 /

ルートヴィヒ2世
© Stefano Bianchetti/Corbis
  • 身長193㎝イケメン
  • 戦争よりもワーグナーの音楽を愛した平和主義者
  • 婚約破棄して生涯独身
  • 精神病を理由に廃位され、最後は水死体で発見された

りこ
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ルートヴィヒ2世は人気過ぎて、お土産のチョコレートにも、ほらこの通り。

マジパンチョコ

この記事では

  • ルートヴィヒ2世の建造した数々のお
  • ルートヴィヒ2世を取り巻く人々
  • ルートヴィヒ2世のの謎

という点にスポットライトをあて、

ルートヴィヒ2世がどんな人物だったのかに、ぐいっと迫ります。

りこ
りこ
ルートヴィッヒ2世を深く知ることで、南ドイツ観光が3倍楽しめますよ~

ルートヴィヒ2世にゆかりのあるお城

\ ルートヴィヒ2世が建造したお城 /

  • ノイシュヴァンシュタイン城(Schloss Neuschwanstein)
  • リンダーホーフ城(Schloss Linderhof)
  • ヘレンキームゼー城(Schloss Herrenchiemsee)
  • ファルケンシュタイン城(Schloss Falkenstein)

(注意)ファルケンシュタイン城は建造されていません。

\ その他ゆかりのあるお城 /

  • ホーエンシュヴァンガウ城(Schloß Hohenschwangau)
  • ニンフェンブルク宮殿(Schloss Nymphenburg)

ノイシュヴァンシュタイン城(Schloss Neuschwanstein)

ノイシュヴァンシュタイン城(Schloss Neuschwanstein)

ルートヴィヒ2世が建造させたお城の中で、最も有名なのが、こちらのノイシュバンシュタイン城。

ルートヴィヒ2世の憧れ、中世の世界を具現化したのが、まさにこのお城。

驚くべきことに、ノイシュバンシュタイン城のデザインを担当したのは建築家ではなく、宮廷劇場の大道具と美術を担当していた画家のクリスチャン・ヤンクだったそう。

そのため、 ノイシュバンシュタイン城の造りは伝統的なそれではなく、また強度にも問題がありました。

ノイシュバンシュタイン城に人が住める程度に出来上がったところで、ルートヴィヒ2世はミュンヘンからノイシュバンシュタイン城に移り住みます。

首都であるミュンヘンを捨て、政治を放置し、ルートヴィヒ2世がメルヘンの世界に生きる世捨て人になった瞬間です。

ちなみに、ルートヴィヒ2世がこの城に暮らしたのは、たった172日間のことでした。

王の死を機に、未完成部分の工事は中断し、一般公開されることになります。

リンダーホーフ城(Schloss Linderhof)

リンダーホーフ城
画像出典:Wikipedia

ルートヴィヒ2世が計画したお城の中で、唯一完成したのが、リンダーホーフ城。

ヴェルサイユ宮殿内の大トリアノン宮殿をお手本にしています。

ヘレンキームゼー城(Schloss Herrenchiemsee)

ヘレンキームゼー城
画像出典:Wikipedia

カタカナで書き表すと「ヘレン?」と思ってしまいますが、女性の名前ではありません。

キームゼー(キーム湖 Chiemsee)に浮かぶヘレン・インゼル(男島 Herreninsel)にあるお城という意味です。

りこ
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島には船を使わないとアクセスできません

ヘレンキームゼー城も、ルートヴィヒ2世の死を機に工事が中断され、その一部は現在も未完成のままとなっています。

ファルケンシュタイン城(Schloss Falkenstein)

ファルケンシュタイン城(Schloss Falkenstein)
画像出典:Wikipedia

ファルケンシュタイン城は、標高1,268mとドイツで最も高い位置にある城跡です。

ルートヴィヒ2世の4番目の城として設計されましたが、資金難のため計画は進まず。

結局、ルートヴィヒ2世の死により、ファルケンシュタイン城の建設も永久に実行に移されることはありませんでした。

りこ
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例え資金があったとしても、こんな崖の上に、こんな華美なお城を建てるのはそもそも無理じゃない?(;’∀’)

いつかハイキングがてら、ファルケンシュタイン城跡に行ってみたいなと思います。

ホーエンシュヴァンガウ城(Schloß Hohenschwangau)

ホーエンシュヴァンガウ城

ホーエンシュヴァンガウ城は、ルートヴィヒ2世の父、マクシミリアン2世が改築したお城です。

こちらがマクシミリアン2世。

マクシミリアン2世
画像:Wikipedia パブリックドメイン

ルートヴィヒ2世は、幼少時代をこのホーエンシュヴァンガウ城で過ごしました。

ホーエンシュヴァンガウ城は、ノイシュバンシュタイン城のすぐ近くにあります。

ニンフェンブルク宮殿(Schloss Nymphenburg)

 ニンフェンブルク宮殿(Schloss Nymphenburg)
Photo credit: Naval S on Visual hunt / CC BY

ニンフェンブルク宮殿はミュンヘン市内にあるお城。

りこ
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ルートヴィヒ2世はこのニンフェンブルク城で生まれました

ニンフェンブルク宮殿は一般公開されていますが、今なおバイエルン選帝侯の子孫である、ヴィッテルスバッハ家当主個人の所有物です。

見どころは、やっぱりルートヴィヒ2世の作らせた豪華な馬車。

馬車博物館
画像出典:Wikipedia

ルートヴィヒ2世の祖父であるルートヴィヒ1世(後述)の集めた美人画が展示された、「美人画ギャラリー」も要チェックです。

ルートヴィヒ2世を取り巻く人々

りこ
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みんなひと癖ある人物ばかり。

祖父ルートヴィヒ1世

ルートヴィヒ1世
画像:Wikipedia パブリックドメイン

ルートヴィヒ1世という名前から、お父さんと思いがちですが、ルートヴィヒ1世はルートヴィヒ2世の祖父にあたります。

さて、このルートヴィヒ1世。

ヨーロッパに1848年革命の嵐が吹き荒れる中、退位しているのですが、その退位の理由が突き抜けています。

なんと、踊り子で女優のローラ・モンテスを公に妾にしたことで、市民、貴族、教会とすべての方面から反感を買ってしまい、それで退位に追い込まれてしまったのです。

読者
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ローラ・モンテスってそんなにスゴイ美女だったの?

ローラ・モンテスの肖像画はこちら。

踊り子ローラ・モンテス
画像:Wikipedia パブリックドメイン

このルートヴィヒ1世とローラ・モンテスのお話は、映画『歴史は女で作られる』(原題 Lola Montès)に描かれています。

こんなどうしようもない王様ルートヴィヒ1世ですが、騎乗の銅像(Reiterdenkmal für Ludwig I)はさすがに威風堂々としていますね。

ルートヴィヒ1世の騎乗の銅像(Reiterdenkmal für Ludwig I)

ルートヴィヒ1世の銅像の所在地は、ミュンヘンのオデオン広場(Odeonsplatz)。

ちょうどホーフガルテン(Hofgarten)の向かい側(道の反対側)です。

作曲家リヒャルト・ワーグナー

リヒャルト・ワーグナー
画像:Wikipedia パブリックドメイン

ルートヴィヒ2世の人生を語る上で、重要な役割を果たすのが、作曲家リヒャルト・ワーグナー。

ワーグナーはたしかに19世紀のヨーロッパを代表する偉大な芸術家ではありますが、その行状の一部には、眉をひそめざるを得ません。

  1. 常軌を逸した浪費癖
  2. 反ユダヤ的思想と言動
  3. ハンス・フォン・ビューローの妻コジマとダブル不倫関係にあった

浪費癖

ルートヴィヒ2世自身も金銭感覚に欠けた王様でしたが、音楽家ワーグナーの浪費癖も相当なものだったそうです。

ワーグナーは、その時代の高所得者の年収5年分に当たる額を、なんと1ヶ月で使い切ったとか(Wikipedia)。

ルートヴィヒ2世は、王室の財政が火の車なのにも関わらず、パトロンとしてワーグナーを長年経済的に支え続けます。

りこ
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それだけルートヴィヒ2世はワーグナーに入れ込んでいたのでしょうね

反ユダヤ的思想と言動

ワーグナーの反ユダヤ的思想と言動は、のちにヒトラーに政治利用されました。

W不倫の末再婚

Richard and Cosima Wagner
画像出典:Wikipedia
パブリックドメイン

コジマ・ワーグナーは、ワーグナーの2番目の奥さん。

コジマは、有名な作曲家フランツ・リストの娘です。

しかし、2人が同棲を始めた時には、ワーグナーは正妻はまだ病死していませんでしたし、コジマは夫のハンスと離婚してはいませんでした。

りこ
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いわゆるW不倫

思想も過激

さらに、彼には、芸術家というだけでなく、革命家の面もありました。

1849年5月、ドレスデン蜂起で主導的な役割を果たし、その後指名手配され、一時スイスのチューリッヒに亡命していたほどです。

りこ
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ワーグナーって、とにかくとことん過激な人だったみたい

ワーグナーのオペラ「ローエングリン」

そして、ルートヴィヒ2世が最も愛したワーグナーの作品、それがオペラ「ローエングリン」です。

\ 「ローエングリン」あらすじ /

白鳥の騎士ローエングリンが王女エルザを救って結婚。

ローエングリンはエルザに「私に対し疑いを持ってはいけない」と説くにもかかわらず、エルザはローエングリンの素性を問い詰めてしまう。

ローエングリンは素性を明かして去っていく。

空想家のルートヴィヒ2世は、主人公のローエングリンに憧れており、自分の姿をローエングリンに、ワーグナーをエルザに重ねていたと言われています。

りこ
りこ
でも、ワーグナーってオジサンですよね?(^^;

クラシック音楽やオペラに全く興味のない人でも、絶対に知っているワーグナーの曲が、「ローエングリン」第3幕 婚礼の歌「愛の祝福が見守る喜びの部屋に」です。

読者
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いや、絶対知らない

りこ
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ワーグナーの結婚行進曲」のことですよ~

\ ワーグナーのオペラ /

ローエングリンのDVDはこちら

ローエングリンのCDはこちら

友人エリーザベト (オーストリア皇后)

エリーザベト (オーストリア皇后)
画像:Wikipedia パブリックドメイン

エリザベートはオーストリア=ハンガリー帝国の皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の皇后

ルートヴィヒ2世と同じ、ヴィッテルスバッハ家の生まれです。

つまりルートヴィヒ2世の親戚。

後述する映画にも出てくるのですが、

「ルートヴィヒ2世はエリザベートに片思いしていた」

という説があります(真偽は不明)。

少なくとも、ルートヴィヒ2世とエリザベートが一時期とても親しく行き来していたことだけは確かなようです。

婚約者ゾフィー・シャルロッテ・アウグステ

ゾフィー・シャルロッテ・アウグステ

画像:Wikipedia パブリックドメイン

ゾフィー・シャルロッテ・アウグステは、エリーザベト皇后です。

エリーザベト皇后は自分に片思いするルートヴィヒ2世を心配したのか(それはわかりませんが)、自分の妹のゾフィーをルートヴィヒ2世の王妃に推薦しています。

こうしてルートヴィヒ2世とエリーザベトの妹ゾフィーはめでたく婚約。

ルートヴィヒ2世とゾフィーの婚約写真
画像:Wikipedia パブリックドメイン

めでたしめでたし…と思いきや、

結果的に挙式は2度延期された挙句、最後はルートヴィヒ2世により婚約は解消されてしまいます。

婚約破棄を知らされたエリーザベトは大激怒。

これを機にルートヴィヒ2世とエリーザベトは疎遠になってしまいます。

読者
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ゾフィー可哀そう!

りこ
りこ
そうですね。
婚約3日後に、ゾフィーが他の男性とコッソリ逢引きしていたことには、この際目をつむりましょう(Wikipedia)

ルートヴィヒ2世の手紙や様々な発言から、ルートヴィヒ2世の異性への関心は低かったと言われています(Wikipedia)。

弟オットー1世

OttoIBeieren

画像:Wikipedia パブリックドメイン

オットー1世は、ルートヴィヒ2世の弟。

兄ルートヴィヒ2世の死の後、オットー1世が王位についていますが、実際には摂政である叔父のルイトポルトが政務を行っていたようです。

後述する映画では、兄のルートヴィヒ2世よりも早い段階でオットー1世が精神を病む様子が描かれているのですが、このあたりの真偽のほどは定かではありません。

ルートヴィヒ2世謎の死

ルートヴィヒ2世
画像:Wikipedia パブリックドメイン

ルートヴィヒ2世の生き様以上に人々を驚かせたのが、彼の不可解な死に方でした。

1886年6月13日22時、ルートヴィヒ2世は水死体となってシュタルンベルク湖で発見されます。

そして彼のかたわらには、精神科医のベルンハルト・フォン・グッデンが横たわっていました。

これが自殺なのか他殺なのか、はたまた事故だったのか、未だにその謎は解明されていません。

ルートヴィヒ2世が亡くなる前にどんな様子だったのか、ここで当時を振り返ってみましょう。

ルートヴィヒ2世は実は正常だった?

ベルンハルト・フォン・グッデン
精神科医ベルンハルト・フォン・グッデン
画像:Wikipedia パブリックドメイン

1886年6月8日
精神科医ベルンハルト・フォン・グッデンほか数名の専門家の鑑定により、ルートヴィヒ2世は「精神異常」とされる。

同6月9日
バイエルン政府は、ルートヴィヒ2世に行為無能力者の宣告を下す。

同6月12日
ノイシュバンシュタイン城で身柄を拘束されたルートヴィヒ2世は、シュタンベルク湖のほとりにあるベルク城に閉じ込められる

たしかに、ルートヴィヒ2世には次のような様子が見受けられました。

  • ルートヴィヒ2世は若い頃から人との関りを好まず「社会不安障害(社交不安症)」の傾向があった
  • ルートヴィヒ2世は常に「異性よりも同性に惹かれる」自分に罪悪感を抱いていた
  • 新しい城を建てる行為に病的に依存していた

しかし、ルートヴィヒ2世の症状を現代の精神医学に当てはめると…

  • ルートヴィヒ2世の状態は、妄想的でもなければ統合失調症にもあたらない
  • ただし、パーソナリティー障害と診断することは可能

だそうです。

さらに、死亡当時の解剖所見によると、ルートヴィヒ2世の前頭葉に萎縮が確認されていることから、ルートヴィヒ2世は晩年、ピック病(認知症の一種)に悩まされてたと推測されています。

ピック病とは、前頭側頭型認知症(FTD)であり(中略)、認知症の中でも殴りかかってきたり、怒鳴るなど怒りやすい易怒の症状が出る特徴がある

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
URL: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%94%E3%83%83%E3%82%AF%E7%97%85

りこ
りこ
もしかすると、これがルートヴィヒ2世の奇行の理由だったのかもしれませんね?

ルートヴィヒ2世と親交のあったドイツ帝国のビスマルクは、

「すぐ首都のミュンヘンに戻り、民衆の前に姿を見せるべきだ」

とルートヴィヒ2世にアドバイスし、手助けを申し出たようです(Wikipedia)。

しかし、ルートヴィヒ2世はビスマルクの助言には従いませんでした。

水死は自殺か他殺か?!

では、ルートヴィヒ2世が精神科医のベルンハルト・フォン・グッデンと共に湖で死体となって発見されたことは、どう考えたらよいのでしょうか?

ルートヴィヒ2世の死を巡っては、さまざまな推測があるだけ。

どの説にもこれという確証がなく、まさに永遠の謎となっています。

りこ
りこ
みんなが自分を狂人扱いすることに絶望して自殺したとか?

夫
僕は他殺だと思うな。

  • ルートヴィヒ2世は身長193㎝の長身だった
  • 彼が発見された場所は、水深が浅い場所だった

こんな浅い場所で自殺するとは考えにくいというのが、夫が「他殺」と考える根拠だそうです。

この点について、死亡した精神科医ベルンハルト・フォン・グッデンの子孫は、次のような見解を示しています(Wikipedia)。

ルートヴィヒ2世はベルク城を出る時から、おそらくすでに自殺の意思を固めていた。

ルートヴィヒ2世がベルク城から15メートル離れた湖の岸辺に急いだことは、精神科医グッデンを仰天させる。

2人はもみ合いになり、その際、ルートヴィヒ2世は自殺を止めようとするグッデンの頭を激しく殴りつけた。

さらに王に首を絞められ水中に押し込まれたグッデンは、意識不明となり溺死。

ルートヴィヒ2世は死体を引きずりながら、少しだけ湖の中央に向かって進み、溺れることで自殺を果たした。

ちなみに、ルートヴィヒ2世の懐中時計は、午後6時54分に浸水により停止していますが、精神科医グッデンの懐中時計が停止したのは、その後1時間以上たった午後8時10分のことでした。

りこ
りこ
まさにミステリー

さて、ここまでお読みいただいて、

読者
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ルートヴィヒ2世に興味がわいた!

という方にご紹介したいのが、次の2つの映画です。

ルートヴィヒ2世の生涯と死を描いた映画

映画『ルートヴィヒ』

  • 若い頃と中年以降を別の役者が演じることで、ルートヴィヒ2世の外見の変貌ぶりがよくわかる
  • 映画の長さが適当で、ストーリーもテンポよく、描写もわかりやすく、まさに忙しい現代人向け
  • 新しい映画なので映像も美しい

りこ
りこ
ルートヴィヒ2世の変貌ぶりに「まるで別人だね!」と感心してたら、途中から本当に別の役者さんが演じてました (^^;

映画『ルートヴィヒ 神々の黄昏 』(ヴィスコンティ版)

とにかく長い映画なので、辛抱が肝心

  • 若い頃のルートヴィヒ2世の目を見張る美しさ
  • 外見と精神が変わっていく様を1人の役者で完全に演じ切っている
  • 長い映画だけあり描写が細かい

りこ
りこ
見どころは、ルートヴィヒ2世役のヘルムート・バーガーの演技です

ルートヴィヒ2世|まとめ

たしかにバイエルン公国の民からすれば、道楽のために国庫を空にしてしまったルートヴィヒ2世は、とんでもない国王だったかもしれません。

でも、ルートヴィヒ2世が常に自分の理想の世界を追い求め、芸術の世界に生きたからこそ、現在バイエルン州の観光名所となっている数々のお城が、後世のわたしたちに遺されたわけです。

りこ
りこ
ただし、ルートビッヒ2世自身は、自分が死んだらノイシュバンシュタイン城を爆破して破壊せよと遺言を残していたようですが…(;’∀’)

ミュンヘンおよび南ドイツ観光にお越しの際は、かつてこの地を統治したヴィッテルスバッハ家ゆかりの場所を数多く訪れることになると思います。

この記事を通して、旅行前に少しでもヴィッテルスバッハ家について親しみを感じていただければ、幸いです。

\ ヴィッテルスバッハ家ゆかりの場所 /

ヴィッテルスバッハ家の人々が埋葬されている教会を特集しています。

もちろん、ルートヴィヒ2世が埋葬されている聖ミヒャエル教会も取り上げました。

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