ミュンヘン

「ミュンヘンオリンピック事件」の現場となった選手村|大人気マンションに変貌した現在

ミュンヘンオリンピック選手村

オリンピック開催期間中、世界各国から訪れる選手や大会関係者が生活する場所、選手村(独 Olympisches Dorf)。

1972年にドイツミュンヘンで夏季オリンピック大会が開催された際、ミュンヘンにも選手村が建設されました。

いまでこそ、その住みやすさからミュンヘンで最も人気のあるマンションのひとつになっているミュンヘンオリンピック選手村。

しかし、実はオリンピック開催中の1972年9月5日、ミュンヘン選手村はある大事件の現場となりました。

世に言う「ミュンヘンオリンピック事件(黒い9月事件)」です 。

りこ
りこ
オリンピック史上最悪の悲劇と言われています。

この記事では、

  • ミュンヘンオリンピック事件(黒い9月事件)」の概要
  • 現在のミュンヘンオリンピック選手村の様子

の2点にスポットを当ててみました。

ミュンヘンオリンピック選手村(Olympisches Dorf)

1972年のミュンヘンオリンピック

1971年、建設中のミュンヘンオリンピック選手村の様子
1971年、建設中のミュンヘンオリンピック選手村の様子
画像出典:Wikipedia

ミュンヘンオリンピックが開催されたのは、1972年8月26日から9月11日。

1936年ベルリン大会以来、ドイツでオリンピックが開かれるのは2度目のことでした。

(第一次世界大戦で開催中止となった1916年大会も含めれば3回目)

世界121の国と地域から参加した人数は、7,170人(男子6,075人、女子1,059人)。

この7,000人以上ものオリンピック選手たちが大会期間中に寝泊まりした施設、それがミュンヘンオリンピック選手村です。

ミュンヘンオリンピック事件(黒い九月事件)

被害者を祀る慰霊碑

事件概要

ミュンヘンオリンピック事件(Münchner Olympia-Attentat)とは、1972年9月5日にミュンヘンオリンピック開催中に発生したテロ事件です。

この事件により、11名のイスラエル選手が虐殺されました。

犯人グループは、パレスチナのテロ組織「黒い九月」。

りこ
りこ
なんと事件の最後まで、テレビで世界中に実況中継されることになります

事件現場

事件現場のイスラエル選手宿舎

このミュンヘンオリンピック事件の現場となったのが、ミュンヘンオリンピック選手村です。

このミュンヘンオリンピック事件では様々な要因が重なり、人質救出作戦が失敗してしまいました。

写真はイスラエル選手の宿舎として使われていた建物。

建物の入り口脇には慰霊碑が建てられ、石が積まれています。

この建物は現在、集会所として利用されています。

事件後の1973年12月28日に、イスラエル選手団居住棟が、マックス・プランク研究所に寄付され、集会所などとして利用されることになった。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
URL: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%A5%E3%83%B3%E3%83%98%E3%83%B3%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%94%E3%83%83%E3%82%AF%E4%BA%8B%E4%BB%B6


事件当時の緊迫した様子を描いた映画

さてここからは、ミュンヘンオリンピック選手村の現在の様子を見ていきましょう。

現在のミュンヘンオリンピック村(Olympiadorf)

ミュンヘンオリンピック選手村(Olympisches Dorf)

一度入居すると二度と出て行きたくないオリンピック村

完成当初、その見た目から

「コンクリート砂漠(Betonwürste)」

とかなり不評だったミュンヘンオリンピック選手村ですが、現在ではとても人気のマンションとなっています。

  • 一度入居した住人は、まず出ていかない。
  • 引っ越しの90%は、オリンピック村マンション内での移動に過ぎない。
  • 持ち主の90%は部屋を賃貸せず、自分の住居として使っている。

りこ
りこ
うちの近所の家が、軒並み賃貸に出されているのとはまさに雲泥の差

ミュンヘンオリンピック村の所在地

オリンピック村の人気を支えている大きな理由のひとつに、その立地の良さがあります。

\ 最高の立地 /

  • オリンピック公園(Olympiapark)に隣接
  • 地下鉄U3オリンピアツェントルム駅(U-Bahnhof Olympiazentrum)、オーバーヴィーゼンフェルト駅(Oberwiesenfeld)すぐ

この立地には、次のようなメリットがあります。

オリンピック公園には緑が多く、運動にも最適

ミュンヘンオリンピック公園

オリンピック公園内では、一年を通じ、様々なイベントが開催されます。

イベントがない日でも、ジョギング、サイクリング、散歩、日向ぼっこ、バスケットボールを楽しむために公園にやってくる人が後を絶ちません。

りこ
りこ
公園内のビアガーデンも大人気です

地下鉄の駅からも近い

U3オーバーヴィーゼンフェルト駅(Oberwiesenfeld)

オリンピック村の最寄り駅は、地下鉄U3オリンピアツェントルム駅(U-Bahnhof Olympiazentrum)、オーバーヴィーゼンフェルト駅(Oberwiesenfeld)。

りこ
りこ
どちらの駅もオリンピック選手村すぐにあります

しかも、ここからU3に乗れば、あっという間に若者に人気の「シュヴァービング地区(Schwabing)」にアクセス可能。

また、ミュンヘン大学、ミュンヘン市の中心マリエン広場にも乗り換えなしで行くことができます。

とにかく立地については文句のつけようがありません。

では、ミュンヘンオリンピック村とは一体どんなところなのか、実際に見ていきましょう。

道しるべになるカラフルなパイプ

道案内となるカラフルなパイプ

オリンピック村は、約8,000人の人間が暮らしているという、超マンモス級集合住宅(2020年現在)。

8,000人は、北海道夕張市の人口よりも多い(2019年)。

りこ
りこ
もはやオリンピック村自体が1つの街的な存在!

これだけの人数を収容するため、敷地内には、ずらっと鉄筋コンクリート造りの建物が林立しています。

この建物群は、1972年のミュンヘンオリンピックの開催期間中、男性選手たち6,000人の居所として利用されていた棟です。

女性選手約1,000人は、現在学生寮として使われている別の棟(後述)を利用していました。

それにしても、どの建物も見た目に統一感があって、どれがどれだか区別がつきません。

うっかりしていると、自分が一体どこにいるのか、あっという間にわからなくなってしまいます。

もしここに住んでいる友達を初めて訪ねるとしたら、案内なしに玄関にたどり着くことは不可能かもしれません…

そこで、間違えずに目的の場所にたどり着けるよう、ご覧のように色分けされたパイプラインが道しるべとして利用されています。

建物と平行に走るパイプ

緑のパイプをたどっていくと…

こうして無事に緑色に色分けされた玄関にたどり着くことができました。

無事到着

地下駐車場完備

ミュンヘンオリンピック村地下駐車場

りこ
りこ
クルマは一家に一台どころか、一人一台?

そう思ってしまうほど、ドイツでは自家用車が普及しています。

ですから、これだけの世帯が住むとなると、超巨大駐車場が必要です。

そこで、ミュンヘンオリンピック村の建物の下は、大部分が地下駐車場として利用されています。

こちらが地上にある地下駐車場への入り口。

地下駐車場階段入り口

らせん階段で、地下駐車場とつながっています。

地下駐車場への階段

駐車場が地下にあることで、住人が車のエンジン音等に悩まされることがないのが利点。

子どもの遊び場

砂場

オリンピック村の中には、砂場、噴水、遊具など、子供が遊ぶための場所が用意されています。

ショッピング施設

スーパーエデカ

オリンピック村は1つの都市ともいえるべき規模の集合住宅ですから、オリンピック村を出ることなく生活できるほどに、各施設が充実しています。

品数抱負な全国チェーンのスーパー、エデカ(EDEKA)があるのは、当然のこと。

ドイツ人の食生活に欠かすことのできないパンと焼き菓子を扱う、パン屋さんもあります。

パン屋

なんと!

パンダ・アジア・マルクトという名前のアジア食料品店まであります。

アジア食品を取り扱う商店

何を売っているのか、ちょっと覗いてみましょう。

豆腐、えのきだけ、生姜

りこ
りこ
エノキ発見!

うちの近所のスーパーでは、エリンギは買えるようになりましたが、エノキは買えないのでこれは羨ましい限り。

また、アジア食品だけでなく、東ヨーロッパの食品を扱うお店もありました。

東欧の食品を取り扱う商店

りこ
りこ
アジア系、トルコ系のお店はよく見かけますが、東欧のお店はこの辺では珍しい気がします。

レストラン

ピザハウス

ドイツの国民食ともいうべきピザショップも、オリンピック村にはちゃんとあります。

読者
読者
え?ドイツの国民食はソーセージとビールでしょう?

りこ
りこ
ドイツ人はピザとパスタも同じくらい好きなんです。

ピザに続いてドイツで人気なのが中華料理。

こちらは中華レストランになります。

「奥林」は中国語で「オリンピック」。

オリンピック村内のレストラン

ちなみに、こちらの中華レストランは、Googleマップには「Restaurant HongKong-City」という名前で掲載されています。

理髪店

理髪店

こちらは理髪店。

散髪が必要な時も、わざわざオリンピック村を出る必要はありません。

金融機関、郵便局

オリンピック村の中には、貯蓄銀行(Sparkasse)、郵便局(Deutsche Post)もあります。

貯蓄銀行
ドイツ郵便

銀行や郵便局の支店が次々と閉鎖されていく昨今、住まいのすぐそばに支店があるというのは、便利すぎますね。

りこ
りこ
うちの近所の支店なんて、ほぼすべての支店がなくなったのに…

教会

ミュンヘンオリンピック村内の教会

ミュンヘンオリンピック村内には、なんと教会まであるんですよ。

また、写真は撮っていませんが、歯科、内科等、お医者さんの診療所もあります。

りこ
りこ
オリンピック村なら日常生活で不便を感じることは、まずなさそう

さらにさらに、ミュンヘンオリンピック村には小さな人口の湖まであります。

それが次にご紹介するナディ湖です。

ナディ湖(Nadisee)

ナディ湖は、ミュンヘン最小の「水浴び用の湖(Badesee)」。

ナディという名前は、イタリア出身の男子フェンシング選手、ネド・ナジ(Nedo Nadi)にちなんで名づけられました。

冬場はこのように水を抜いて、遊び場として使われています。

ナディ湖が作られた当初は、ここで泳ぐことができたようです。

しかし現在では

「泳ぐには向いていません」

との立て看板があります。

泳ぐのには適しません

続いて、大学生が暮らす学生寮の紹介です。

学生寮

学生協会

現在、学生寮となっている建物がこちら。

オリンピック開催当時は、女性選手たちの宿舎として使われていました。

壁に描かれた絵と、窓辺に並べられたグッズに住人の個性を見ることができます。

こちらの住人はピザがお好きなようですね。

カラフルな学生寮

そこに住んでいるのは、もしかして北斎ファンとか?

ぎっしり並び立つ学生寮

こちらはスーパーマリオですね。

スーパーマリオ

若いっていいな…

椅子

ここで過ごす数年間は、若者たちにとって一生忘れられない、思い出深い時間になることでしょう。

装飾された学生寮の壁

りこ
りこ
大学生の頃に暮らしていた、女子学生会館のことが懐かしくなりました

勉学に忙しい学生たちのため、オリンピック村の敷地内には、学生食堂まで用意されています。

Mensa(メンザ)とはドイツ語で「学生食堂」の意味。

学生食堂

続いては、ミュンヘンオリンピック村マンションの将来についてです。

老朽化とリノベーション

ミュンヘンオリンピック選手村が建てられたのは、1972年のこと。

あれから50年近い年月が流れ、そろそろ老朽箇所が気になるようになってきました。

壁の様子

りこ
りこ
わたしよりちょい年上だけあって、そろそろお肌の表面の粗が目立ちます…

「ドイツの建物は100年は住めるよ」とよく耳にしますが、誰だってボロボロな建物には住みたくありません。

というわけで現在、写真真ん中の「段々畑」のようになっている建物の改修工事が進められています。

リノベーション計画

かなり大がかりな工事です。

改修工事中

ミュンヘンオリンピック選手村まとめ

  • 建設当初は「コンクリート砂漠」と揶揄された。
  • 1972年ミュンヘンオリンピック開催期間中には、世界を震撼させた事件の舞台となった。
  • 立地の良さと快適な住み心地のため、現在では大人気マンションとしての地位を確立している。
  • 将来に向け、大掛かりなリノベーションが進められている。

りこ
りこ
東京オリンピック選手村晴海フラッグ」も、こんなふうに居住者が満足できるマンションになるといいですね「

\ ミュンヘンオリンピック事件の詳細 /

事件の経緯、なぜ人質救出作戦は失敗したのか、事件を取り上げた映画作品については、こちらの記事をご覧ください。

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