雑記

【SNS疲れ】嫉妬に苦しむ人は今すぐやめるべき

こんな症状はありませんか?
  • 他人の充実した生活を覗き見て、なんだかモヤモヤする。
  • 自分にはどうしてもできないことを、他の人が軽々やってのけているのを見て、自己嫌悪に陥る。
  • 見たら胸がチリチリするのが分かっているのに、あえてそのチリチリの原因となるサイトを毎日チェックせずにはいられない。

もし、あなたがこれらの症状を感じているなら、今すぐSNSから離れるべきです。

この記事では、SNSを通じて増幅される嫉妬劣等感に悩む人たちのために、

  • 劣等感と自己嫌悪に耐えられず、SNSから何年も離れた体験談
  • そのわたしがSNSを再利用するきっかけと利用時に注意していること

について詳しく書いてみました。

ドイツに来た当初:友達と情報が欲しくてブログ巡りを始めたけれど…

ドイツに来てすぐのイメージ

LINEもTwitterもFacebookもInstagramもない時代

わたしがドイツに来たのは2002年の夏です。

若い人には想像もできないでしょうが、その頃はLINETwitterFacebookInstagramもありませんでした。

当時は、他の人とネット上で交流する場所といえば、掲示板かブログという時代。

今ほどネット上の付き合いが盛んではなかったとも言えます。

そんな時代に、わたしは毎日のように色々なブログを渡り歩くようになりました。

ブログを見て情報と友達を探す日々

ドイツに来た当初はドイツ語もよく理解できず、右も左もわからず、とにかく毎日不安でたまりませんでした。

ドイツ語がろくにできずドイツの仕組みにも疎い自分は、ドイツの子供にも劣る状態だったのです。

そんな当時の私の望みは次の2つ。

  • 日常のありとあらゆることに関して、他の日本人からの情報が喉から手が出るほど欲しい!
  • 孤独! 近くに住む日本人と友達になりたい!

この目的を達成しようと、せっせとブログを徘徊する日々が続きました。

例えば、当時のわたしは次のような情報を探していました。

  • 日本食品はどこで買えるのか
  • 日本料理を作るのに、ドイツの食材の何で代用すればよいのか
  • 日本のテレビ番組を見るにはどうしたらよいのか
  • ドイツ語学校はどこがお勧めか
  • 親戚づきあいはどうしているのか
  • どこの病院にかかればいいのか
  • ビザの更新はどのくらい面倒なのか
  • 日本から小包を送ってもらうのに何か注意事項はあるのか
  • 税関から手紙がきたらどうするのか
  • 結婚する時の書類に何が必要なのか

中には重要なものもありますが、今のわたしから見れば大部分は知らなくてもどうにかなることばかり。

でも、こんな些細なあれこれが、当時にわたしにとってはとても重要だったのです。

「同じ街に住む日本人」というだけでは知り合い以上にはなれないことに気づく

オフ会のイメージ

こんなふうに毎日ブログを巡って、コメント欄でブログ運営者と交流していれば、もちろんその人たちとは「ネット上の顔見知り」になれます。

そのうちに、その中の何人かは自分と同じ街に住んでいることもわかってきます。

狭い世界なので「知り合いの知り合いが知り合い」という状態も発生します。

そうなると、その次の段階は当然オフ会です。

ブログで先に交流がありますから、いざ実際に本人と会ってみても初対面という感じはしません。

しないんですけど…、何度か会っているうちに気づくんですよね。

  • 近くに住んでいる
  • 日本人同士

それだけでは、知り合いではあっても、仲のいい友達になるのに十分ではないって。

ただでさえ、子供時代より大人になってからのほうが友達を作るのは難しいです。

気が合うとか、趣味が同じとか、そういう別の要素がなければ、とてもじゃないですが友達関係には発展しません。

あれ、なんかみんな自分よりすごくない…?

こうして、ブログを通じて友達を作るのはそう簡単ではないと気づいたわたしですが、さらにだんだんブログを見ること自体が苦痛になっていきます。

それはなぜか。

自分ができないことを、他の人が軽々こなしているのを見て、そのたびに劣等感に苛まれるからです。

  • ドイツ語の試験に合格しました。
  • 夫の家族ととっても仲がいいです。
  • 日本に帰国した時には、こんなところに旅行に行きました。
  • お正月におせち料理を手作りしました。
  • 姑にドイツ料理を習いました。
  • 近所のドイツ人と一緒にBBQしました。
  • パートで働くことにしました。
  • 有名なレストランで食事しました。
  • 夫の同僚を招いてホームパーティ開きました。料理が好評でした。
  • 沢山ドイツ人の友達ができました。

( ゚Д゚)…どれひとつできない私…オワッテル

そして、いったん劣等感を感じ始めると、そのブログから発せられるすべての情報を苦痛に感じるようになりました。

  • ドイツでもついに〇〇が買えるようになったよ!
  • 日本に持って帰るお土産なら〇〇が喜ばれたよ!
  • 〇〇で売っているこれが美味しいよ!

こんなふうに、最初は喉から手が出るほど欲しがっていた情報で、しかも劣等感とは全く無関係なものにまで、激しい拒絶反応が起きるようになったのです。

( ゚Д゚)完全に精神が崩壊してました

自分でも、ブログを読むたびにな気持ちになるから、もうブログは見ないほうがいいという自覚はありました。

しかしそれと同時に、もしブログを見るのをやめてしまったら「自分の所属している世界から、もっと置いてけぼりを食う」という不安にもとりつかれていました。

「落ち込むから見たくない!…でも見なかったら世界の動きから取り残される!」

「もしかしたら何か重要な情報が書いてあるかもしれないのに、それを見逃してしまうかも」

「でもやっぱり見たくない…。でも見たい」

こんなふうにしばらくの間、自分の中での葛藤が続いたわけです。

劣等感と他人の不幸を願う気持ちは紙一重

他人の不幸を願うイメージ

みなさんは、ドイツ語にSchadenfreudeという言葉があるのをご存じですか?

シャーデンフロイデ
(独: Schadenfreude)とは、自分が手を下すことなく他者が不幸、悲しみ、苦しみ、失敗に見舞われたと見聞きした時に生じる、喜び、嬉しさといった快い感情。ドイツ語で「他人の不幸(失敗)を喜ぶ気持ち」を意味する。日本語で言う「ざまあみろ」の感情であり、日本でのシャーデンフロイデの類義語としては隣(他人)の不幸は鴨(蜜)の味、同義の「メシウマ(他人の不幸で飯が美味い)」という俗語が近い物として挙げられる。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』日本語版
更新日時: 2018年11月26日 12:51 (UTC)
URL: https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%87%E3%83%B3%E3%83%95%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%83%87&oldid=70760234

毎日毎日、あまりにも自分の劣等感を刺激しすぎると、ついにはこの「シャーデンフロイデ」の感覚と劣等感の区別がつかなくなります。

あの頃のわたしがまさにこれ。

つまり、劣等感がひどくなりすぎると、他人の不幸を願う気持ちと紙一重になるということです。

劣等感の行き着く先

自分はこんなにも劣っている(劣等感)。

しかも、今すぐこの欠点を克服することは不可能だ(自己評価の低さ)。

だったら、相手が失敗して下に落ちてくればいいのに(他人の不幸を願う気持ち)。

健康を害する前に今すぐSNSから離れよ!

このシャーデンフロイデの怖いところは、相手の不幸を願う気持ちによって、結果的に自分の健康と人生を害するところです。

心身の健康を害するだけではありません。

他人の不幸を望む邪悪さは、その人の顔にも表れます。

そして一番怖いことは、呪う人は呪われるということです。

ドイツ生活系のブログから距離を置いた10数年

SNSから距離を置くイメージ

わたしはこの後、このブログを始めるまで、ドイツ生活系のブログは一切購読しませんでした。

たまに必要な情報を検索している時に遭遇した場合は、必要な情報だけを見たらすぐにブラウザを閉じる!

自分の劣等感を刺激するような場所には絶対に行かない。これを徹底したのです。

その10数年の間わたしが好んでみていたのは、ピアノの演奏動画、趣味の編み物情報、システム手帳文具の情報だけ。

見るか見ないか判断する基準は、自分の心が「苦痛を感じるか感じないか」それだけでした。

これは、そのサイトが提供している情報から客観的に判断できることではないのです。

つまり、自分自身の心に聞いてみるしか判断方法はありません。

だから、同じ悩みを持つみなさんも、自分自身の心が悲鳴を上げていないかよく耳を澄ませてみてください。

( ゚Д゚)自分の心の声を無視しないで!

そんなSNS嫌いのわたしがTwitter連携必須のブロガーになる時

自分がどこまでやれるのか久々に試してみたくなった

読者
読者
でも、そこまでSNSが苦痛なのに、こうしてブログとTwitterを始めたのはどういうこと?

ですよね…

実は、このブログとTwitterを運営することには、わたし自身今でも内心ものすごく葛藤があるんです。

  • 自分が苦痛を感じるのが怖い
  • このブログを読んだ誰かが、昔のわたしみたいに苦痛を感じる可能性があるのが怖い

この2つの恐怖から、ブログを消し去って今すぐここから消えたい衝動と毎日戦っています。

でもその葛藤以上に、

もっと年を取って完全に気力も体力も萎えてしまう前に、自分の力でどこまでやれるのか、もう一度だけ試してみたい。

ずっと専業主婦の立場に甘んじて、ひたすらに嫌なことから逃げ続け、快適さだけを求めて生きてきた自分の人生が、これで何か変わるかもしれない。

この気持ちが強いからこそ、わたしは毎日パソコンに向かってブログを書いているのです。

でも、わたしに書けるテーマなんてない?

考えるイメージ

でも、いざ「何をテーマとして記事を書くか」考え始めた時は、この作業があまりに苦痛で「ブログなんて無理」とかなり真剣に悩みました。

なぜなら、ブログに取り上げるのにふさわしいテーマを色々思いつきはしましたが、すべてのテーマにおいて問題があったからです。

ドイツ語の勉強方法
→ ドイツ語の試験に合格してドイツの大学に通っている現役大学生にはかなわない

ヨーロッパ旅行情報
→ 毎週のようにヨーロッパ中を旅する駐在員にはかなわない

ワーホリビザでドイツで働く
→ 現在ワーホリでドイツで働いている人にはかなわない

ピアノ
→ピアノ教師や音大生にはかなわない

ドイツ料理
→ 作らない

ドイツで作る日本料理
→ 自分のほうが知りたい

ドイツ語学学校情報、結婚手続きのあれこれ
→昔のこと過ぎて思い出せない

このように、どのテーマについても、自分よりも鮮度の高い情報をもち、自分よりも質のいい記事を書くことができる人が他にいるという事実につきあたったわけです。

こうして10数年見ないように蓋をしていた劣等感が、再び巨大な化け物として自分の前に現れることになりました。

( ゚Д゚)わたしに書けること何もないじゃん…だめじゃん…ブログなんて到底無理じゃん…

数日後…

…ん?

( ゚Д゚)わたしが誰にも負けないことがある!

そうです。

「ドイツにいる期間が人一倍長いのに、成し遂げたことが人一倍少な

この劣等感です。

これなら絶対に誰にも負けない自信があります。

( ゚Д゚)自信持っていいとこかどうかは別にして

こうして、わたしはこの劣等感を軸にして、自分が今まで経験してきたことを記事にしようと決めました。

大切なのは自分ができることに注目すること

自分のストーリーを探すイメージ

世の中は広いです。いろいろな人がいます。

自分よりすごい人がたくさんいるのは当然です。

でも、「他人にできて自分にできないこと」ばかり見ていては、とても健康に生きてはいけません。

ではどうすればいいのか?

必要なのは発想の転換です。

劣等感がある人は、言い方をかえれば、他の人の長所や能力を見出すのが得意な人です。

だから、つい、他の人のいいところばかりが目に付いてしまって、毎日泣きたくなるんです。

だったら、その「長所によく気づく目」でもう一度自分をよく観察してみましょう。

必ずなにか見つかるはずです。

( ゚Д゚)自分自身をもっとよく見て!

劣等感の仕組み ~いつ感じるのか~

何にしても、劣等感を感じすぎることは誰にとっても健康に悪いです。

では、人はいつ劣等感を感じるのか、真剣に考えたことはありますか?

みなさんもそうだと思いますが、相手がどんなに凄い人でも、自分と住んでいる世界がそもそも違う場合には、人間は1ミクロンも劣等感なんて抱かないものです。

たとえば、アメリカの大統領が大富豪で、NYの一等地にビルを持っていると聞いても、劣等感を感じる人はいません。

ハリウッド映画スターが大豪邸に住み、自家用ジェットで移動していると聞いても、「さすが映画スターだね」と思うだけです。

でもこれが、自分の会社の同僚や、同級生だったったらどうでしょう?

しかもそんなアメリカンドリームのようなビッグな成功ではなくて、もっと小さな成功を想像してみてください。

あなたの会社の同期が、会社の上得意顧客の担当に抜擢された。しかも自分はそのせいで担当を下ろされた。

( ゚Д゚)わたしはこれで仕事を辞めた馬鹿です

久々に同窓会に行ったら、かつての同級生がみんな自分より社会的地位の高い仕事についていた。

( ゚Д゚)だからわたしは同窓会には行きません

住んでいる場所、乗っている車、どこに旅行に行ったか、夫の学歴や年収、子供の成績、使っている化粧品の値段、買い物している店、着ている服…

特に相手が自分に近いほど、これらの情報は気になるでしょう。

でも、こんなものまで同僚や友達と比べ始めたら、自分と自分の人生が壊れてしまうだけです。

このように、自分と所属しているグループが同じ人や、生活に共通項が多い人の成功に、人は過敏に反応します。

だからこそ、その近しい関係に特にネガティブな感情が生まれやすくなるのです。

もしあなたが、昔のわたしのように、あまりにも苦痛を感じるようなら、いったんそのコミュニティーの外に出ましょう。

そのコミュニティーの外にも世界は広がっています。

その狭い息苦しい場所がこの世のすべてではないのですから。

ここから先は、わたしと同じようにブログを運営しているブロガーさん向けに書きました。

ブロガーとしては自己評価の低さに逆に救われることもある

収益が上がるイメージ

金額では落ち込まない

わたしにはさらに「自分はお金儲けにはからっきし向いていない」という強い劣等感があります。

( ゚Д゚)仕事も続かなかったしね…

そのため、他人の収益を知っても、そこまで焦燥感を感じません。

だって、自分は人生でまともにお金を稼いだ試しがないから。

そして、自分のやっていることが収益につながらなくても

「不器用な自分がやることなんだから、こんなもんでしょ」

という気持ちが常に付きまとっているのです。

そして稼げる人のことについては、

「この人には才能があって、色々工夫して、しかも正しい方向に人の何倍も努力しているんだな」

と感心するくらいです。

「サイトの凄さ」を見て落ち込む

むしろわたしが一番激しく落ち込むのは、数字を聞かされた時ではなくて、実際その人のサイトを見に行った時です。

「これが検索上位表示されるサイトの実例なんだ…」と思い、自分のブログに足りないところをいくつも発見して、しばらくブログを書きたくないくらいショックを受けます。

毎回このダメージが大きいです。

( ゚Д゚)そこから学ぶことが大切…でも落ち込む…

一番怖いのは過去の自分に負けること

ちなみにもし将来、アップデートで過去の自分のPVを大きく下回るような事態が発生したら、自分がそこから立ち直ることができるのか、まったく自信がありません。

( ゚Д゚)もしいつかこのブログが消えたら、みなさん、そういうことです。

現在のわたしがSNSとブログを運営する際に特に注意していること

注意

できないことはできないと認める。そこにプライドはいりません。自分が疲れるだけです。

ただし、自分の「できないこと」は単なる事実として認識する。

そこに「できないのは悪いこと」という価値判断は不要。

この自分の「できないのは悪いこと」という価値判断がそもそも余計なんです。

これが自分を疲れさせる原因です。

( ゚Д゚)それはできないよ。だから?

という開き直りも時には必要だということです。

まとめ

自分が苦痛を感じるものは見ない!

その狭苦しいコミュニティの外にも自分の生きる場所は必ずある!

他人ではなく、自分自身ができることに注目しよう!

「できない」ことは悪いことだと思わないようにしよう!

( ゚Д゚)向上心は必要、プライドは不要